
高卒ルーキーで、SVリーグのデビューは開幕戦。しかもスタメン出場を果たし、普通なら緊張してもおかしくない状況も、19歳のルーキー、北川美桜は「全然緊張しなかった」と周囲を驚かせ、「楽しかった」と満面の笑みを浮かべる。
抜群の度胸と、裏表のない明るい性格。加えて、バレーボールの面で言えばかつてSVリーグの前身であるVリーグで個人賞を幾度も受賞した、ミドルブロッカーの父、祐介さん譲りのブロック力も大きな武器。「しゃべり出したら止まらないんです」と言いながら、嬉しそうに振り返るさまざまな“あの頃”だけでなく、悔しさやもどかしさものぞかせる“今”の自分。
「不安がないわけじゃないし、むしろ(リーグが)始まる前は不安しかなかった時もありました。でも、落ち込んだり、迷ったりするたび助けてくれたり、話を聞いてくれたり、支えてくれる人がいる。私は本当に周りの人たちに恵まれているなぁ、っていつも思うんです」

バレーボール選手だった父に送る「大好きだよ」のメッセージ
]北川自身が人を引き寄せ、惹きつける性格だからこその出会いでもあるが、ルーツをたどればやはり大きいのは家族の存在。バレーボールを始める前、幼稚園生の頃はまだ現役選手だった父の試合を見に、何度もVリーグの会場へ足を運んだ。
すぐに自分も、と思ったわけではないが周囲の誘いを受け、小学2年の時に近所のクラブチームで練習に参加したが、そもそも中学生年代のクラブで小学生が入れる場所ではない。練習へ行くと言っても週に一度、3時間だけで全体練習には加わらず壁に向かって1人でパスをしたり、ボール遊びの延長でコーチ陣とパスをする程度。面白くない、と感じるだけでなく、実はとんでもない勘違いもしていた、と笑う。
「お父さんの試合しか見ていないから、バレーボールに練習が必要だということ自体を知らなかった(笑)。基礎練習をしても楽しいわけがないし、お母さんに『もうちょっと練習時間が短いところないの?』と言ったんですけど、週1で3時間以下なんてあるわけないじゃないですか(笑)。その頃はピアノも習いたかったので『バレーじゃなくてピアノがやりたい』と言ったら、お父さんからは『バレーを週1から週4にするならピアノをやってもいいよ』と言われたので『じゃあピアノもやらない』って断るぐらい、最初は嫌々練習をしていました」

ところが、ある日突然何の前触れもなく「もっとバレーボールがやりたい」とスイッチが入った。小学生を対象に、バレーボールの技術を教え、全国大会にも出場するクラブへ移り、練習も週1日から6日と一気に増えたが「やる」と決めてからはそれすら楽しくなった。当時、現役を引退して愛工大名電高の監督になった父は合宿や試合で留守が続くこともあったが、会えない時は母のスマホから毎日の出来事を報告するのが北川家の日常。2歳下の弟と共に、バレーボールや学校でこんな出来事があった、と報告するのも、バレーボールを頑張る原動力だった、と笑う。
「本当はあれもこれもいっぱい書きたいんですけど、きりがなくなるから1人2文まで、とルールがあったんです。だから、『今日はバレーで褒められたよ。レシーブができたよ。パパ大好き 美桜』ぐらいしか打てないんですけど、毎晩その時間が楽しみでした」
バレーボールに熱中して、のめり込み、戦うステージが上がれば上がるほど、大好きなパパが本当にすごい選手だったんだ、と実感する機会も増えた。中学から親元を離れ、愛媛の祖母宅から松山東雲に通い、中高一貫の強豪校でエースとして全国に名を馳せ、U18日本代表候補選手として注目を集めるようになってからは、自分の名前が取り上げられるたびに父のことにも触れられる。そのたび、父のすごさを感じると共に別の感情も抱いた。
「比べられるから嫌、と思ったことは一度もないです。むしろお父さんが私のお父さんでよかったな、って思うけれど“北川の娘”と言われているのに私が大したことなかったり、全然ダメだなって思われたらお父さんに申し訳ない、って。高校生ぐらいから特にそう思うようになったんですけど、SVでプレーする今は、同じトップの舞台に立っているからこそ余計に強く思うようになりました」

北川は不安を口にするが、目を見張るほどの上達、成長を遂げていく。帰省できたのは数えるほどという厳しい環境の中で磨かれた技術と精神力は、国内外の大会で見事に発揮された。「自分が選ばれると考えたこともなかった」というU18日本代表にも選ばれ、世界の高さやパワーと対峙することで得られた学びもあるが、それ以上に大きかったのが「日本代表」として世界と戦う意味や覚悟を知ったこと。選考合宿で集められた当初は、自分よりも優れた実力や経験を持つ選手の中で気後れし「何で自分がここにいるんだろう、といつも思っていたし自信がなかった」という北川に、U18を率いる三枝大地監督が飛ばした激が胸に刺さった。
「突然『君の所属はどこですか?』って聞かれたんです。意味も理解できないまま、みんな自分の高校名を言ったら、そうじゃない、と。『君たちが今所属するのは日本代表だよ』と言われて、過去にアジア選手権で日本が優勝した時の動画を見せられた。その顔つきやプレーする姿を見ていたら、こういうことだ、私たちは同じ舞台に立とうとしているんだ、と思ったら一気に意識が変わった。世界で戦う、ステージがどんどん上がった場所で戦う意味や覚悟をその時に教えられました」
アンダーカテゴリー日本代表では全国から集まるさまざまな選手たちと技術や意識を磨き、アジア選手権も制した。その経験を松山東雲のエースとして還元する。2年時に春高出場を逃したこともあり、3年時は「同じ悔しさを味わわないように、応援してくれる人たち、トスを託してくれる仲間の思いに応えることが自分の仕事」とエースとしての役割を全うした。
高校は卒業と共に区切りがつくが、選手としての道のりはこれから。U18からU20、さらにはシニア代表と高い目標を叶えるべく、卒業後の進路をどうするか。北川は最後まで迷った、と明かす。
「SVに行くならクインシーズ刈谷へ行こう、とは決めていました。でも同じぐらい、大学に行きたい、という気持ちもあった。SVのどこへ行こうか、ではなく、大学かSVかでずっと迷っていたんです」

高校時代はバレーボールに明け暮れたが、一生バレーボールだけで生きていけるわけではないこともわかっていた。バレーボールを頑張るからこそ、将来を考えたら勉強もする。その姿勢は成績にもつながり、学年トップを取ったこともある。もともと勉強も嫌いではないうえに、高校を卒業してすぐバレーボール選手になれると考えればそれはそれで憧れるが、最終学歴が高卒になる不安も消えない。「女子選手は早く高いレベルを経験したほうがいい」と後押しする人もいれば、父からは「大学とSVを両立すればいい」とアドバイスも受けたが、自分の性格を考えたらどちらも並行してやれば中途半端になるのもわかっていたので踏み出せない。
考え、迷う北川の背を押した人が2人いる。1人目はアンダーカテゴリー日本代表で共にプレーしてきた笠井季璃だ。1歳上で、すでにクインシーズでプレーする笠井から「とにかく優しい人ばかりで、みんながバレーボールに熱い いいチーム」と聞かされていた。YouTubeやSNSに上がる映像を見ても仲の良さは伝わってきて、それも魅力だな、と感じていたことに加えてもう1人、北川にとって「大きかった」というのがチームコーディネーターの荒木絵里香の存在だ。
「絵里香さんも現役を引退してから大学院へ行ったのを知っていたし、現役時代も見て、すごい人だとわかっていたので、絵里香さんがいるところに行きたい、という気持ちもありました。でも大学も魅力的だったので、本当に迷ったんですけど、いろいろな人に話を聞けば聞くほど、高いレベルでバレーがしたい、と思った。どっちへ行くのが正解か、ではなく、自分が行ったほうを正解にするしかない、と思って、クインシーズへ入ろう、と決めました」

入社から間もなく1年。自分の選択を「100%正解だった」と胸を張ることができるが、練習や試合で壁に当たればそのたび自信も失うし、何もできずに負ければ悔しくて涙が出てくることもある。
つい先日も、フルセットで敗れた試合の直後、敗れたこと以上に自分のやるべきことが何もできなかったことが悔しくて、情けなくて、試合終了直後に泣きそうになったが、その顔を見た同じミドルブロッカーの先輩で北川が「尊敬している」という横田紗椰香から「泣くな」と叱責された。
「我慢したけど1人でテーピングを外していたら堪えられなくなって、結局泣いてしまったら紗椰香さんが『どうした?』と声をかけてくれたんですけど、私は『泣くな』って言われたから『泣いてません』って返したら、いやいや無理があるだろ、って(笑)。自分の気持ちを伝えたら全部聞いてくれた後、『気持ちはわかる。でも相手チームの前で泣くのは負けを認めたことになるし、相手に隙を見せるのと同じだから泣くな、って言ったんだよ』と。紗椰香さんだけじゃなくマリー(シェルツェル)も『私もイタリアリーグに初めて行った時は何もできなくて悔しかったんだよ』って背中をさすりながら話をしてくれる。私は今しか見ていないから、みんなすごい、と思うし、ついていくだけで必死だけど、みんなが『私も同じだよ』と励ましてくれる。

本当に素敵な、最高のチームに入れて、みんなが同じ目標に向かっている今がある。できないことはしんどいし、落ち込むこともあるけれど、でもだからこそ頑張ろう、と思える毎日を過ごさせてもらえていることが、本当に楽しくて幸せです」
だからこそ、もっと、強くなりたい。その先に、描く夢もある。
「いつかはシニア代表に入りたいし、春高で頑張った弟とも一緒に成長したい。いろんな夢や目標があるけど、何より一番は、この場所、このチームにとって必要な選手になりたいです」
周りを惹きつける笑顔と、時に堪えられない悔し涙。自分に正直に、いつでも真っすぐに。きっと、どんな壁も乗り越えていけると信じている。



